音楽を始める人 楽器が続かない人 才能に自信がない人に伝えたい事

音楽と楽器と才能 目次

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パソコン・スマホが使える時点で立派

 

実はみんな凄い事をやっている

 

最新のゲーム機なんかもそうですが、あんな複雑なものを理解して無意識に操作できるとか、冷静に考えたらおかしいですよね。

 

スマホが使えない、分からない、そんなミュージシャンも沢山いることでしょう。

そういった機器をもう生活の一部のように使いこなせているのであれば、それだけで実は凄いんです。

 

「不器用だから楽器は弾けない・・・」なんて卑下する必要はありません。

 

十分に凄いし教養も理解力も備わってます。

ファミコン世代だろうとなんだろうと立派に両手使えてます。

自分の思ったように操作できているし、それだけ経験を積み重ねてきた証拠。

 

音楽に優劣などない

 

好きな音楽があったり感動する心もあるなら、「音感とかないから・・」とか「そういう感性ないから・・」など、そんな風に考える必要もはありません。

 

ゲーム音楽だって映画やドラマの音楽だって立派に芸術的なものです。

子供の頃に好きになった音楽は一生覚えていたりもするし思い入れもあるもの。

それを卑下する必要なんてどこにもない。

 

音楽に対して感動したり喜びを持つ心を内に秘めている時点でもう、むしろ才能ありすぎ・センスありすぎって感じではないかと。

 

頭の中で曲が流れるだけじゃなく絵的なイメージまで作れたりしたら、それは普通に才能ありますよ。

 

なにも恥じることなんかないし、趣味や嗜好を引け目に思うこともありません。

オタクだったら尚更ですね。自分に自信を持ってください。

 

楽器を弾きたくなるのは音楽が好きだから

 

気休めでもなく冗談でもなく、

 

・言葉が喋れる

・音楽を音楽として認識できる

・読み書きできる

・テレビが見れる

・ゲームができる

・パソコン・スマホができる

 

こんなことをやれてる時点で相当高度な情報処理能力を持ってるも同然です。

 

ましてや、当然のごとくパソコン使って仕事してるとか、そんなの超高度な技術と理解力を持ったエリートって話。

 

加えて、こんなへんぴなブログに辿り着いてここまで真面目に読んだのだとしたら、情熱もそれだけで半端じゃありません。

 

そもそも「楽器弾いてみたい」と思ってる・考えてるだけでも、すでに只者じゃない。

「弾きたい」って気持ちがあるんだから絶対に弾けるようになれます。

 

その時点ですごく音楽が好きだという証拠。

「自分で弾いてみたい!」という素晴らしく前向きな気持ちも持っています。

 

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弾く楽器が合ってないから辛くなる

 

醤油ラーメンがあれば味噌も塩もある

 

こんなぐらいに考えても良いと言いますか、人間の好みと相性なんて本当にそんなもの。

 

必ずどれか一つだけに絞らなければならない、他を試すことすら許されない、最初に決めたもので一生を過ごすのが常識とか、そんな風に考える方がおかしい。

 

・野球が合わなくてもサッカーは合うかもしれない

・サッカーが合わなくてもバスケなら合う可能性がある

・球技全般ダメならまた違うものを見つける

 

べつにこれでも良いですよね。

一周して野球に戻ったら今度はめっちゃ楽しめたとかそんな可能性だってあります。

 

その野球にしても色々なピッチャー、変なバッターとかもいるだろうし、足の速い選手、遅い選手、守備が凄い選手、他は良くても一部がボロボロな選手など、実にさまざま存在するでしょう。

 

それを無視して「野球」という一言でくくってしまうのは、実は乱暴と言えば乱暴な話。

最初から全部できて当たり前、完璧にこなせるのが普通など、そんなわけがない。

 

「音楽」とか「楽器」と呼ぶにしても、こうして一言にするとすごく限られたものだったり、視野が狭くなってしまいがちなのが残念なところ。 

 

自分に合った音楽と楽器を気楽に気長に探せば、それだけで心のあり方も余裕もぜんぜん違うはずです。

 

一つの物事と入門に対して思い詰めすぎ

 

「この会社に命をかける!」

「一生を捧げる!」

「他なんか目に入らない!」

 

このノリじゃ重すぎて潰れちゃいます。

大した保障も報酬もないかもしれないのにあまりに博打すぎる。

 

就職活動に失敗して命を絶つなど本当に心苦しいニュースがありますが、ひとつの楽器を諦めたからもう音楽やめるとか興味もなくなるとか、同じく悲しい話。

 

例として出すには不謹慎なようだけど、世の中には実に様々な価値観や道が存在しているものです。

楽器だって音楽だって自分に合っている何かというのが絶対にある。

 

しょうゆラーメンが合わないなら、味噌、塩、とんこつ、他にも色々ありますし、ラーメン自体が合わないなら他の料理を食べればいいだけですね。

 

自分の中で一つだけしか認めようとしないからおかしくなってしまう、息苦しく辛くなってしまう。

 

最初のひとつに全てを捧げるとかそれを極めてこそとか、そんないきなり達人みたいなものを目指そうとするから結論も極端に出すはめになる。

 

「友達って言ったんだから・・」

「一生友達だよね・・・?」

 

こんなノリじゃキツイです重いです。

友達を「恋人」に置き換えるとただのヤンデレです。

 

思いこみすぎ、思いつめすぎ。

でも本当、ひとつの楽器を弾くことしか認めないってそんな感じですよね。

 

ギターにも色々ある ベースにも色々ある

 

たとえば、わたくしポングが弾いている『ベース』という楽器。

これもその一言だけでは分かりませんが、実に様々なものが存在しています。

 

それを知っているか知らないか?

本当にそんなことだけでも先が決まってしまう可能性が十分に考えられるわけです。

 

めっちゃ弾きやすくて楽に扱えるベースもあれば、くっそ重くて弾きづらくて嫌になるベースもあります。

 

それに気付かず初心者が後者に手を出すと悲惨なのは言うまでもありません。

 

強い気持ちや志の問題ではなく、ちゃんと現実を考えることも大切。

弾きづらいもの・扱いが大変なものはまずは避けるべきでしょう。

驚くぐらい弾きやすい楽器を手に入れれば、驚くほどに早く上手くなれる可能性がある。

 

「俺が上手くなれないのは楽器のせいだ!」

 

なんて漫画タイトルみたいに開き直ったり、自分を決して腐らせない図太さを持つことも時には大切かもしれません。

 

だったら上手くなれる楽器、満足できる楽器を見つければいいわけです。

せっかく楽器を楽しもうというのに自分ばかりを責めているのは辛すぎます。

 

才能にもいろいろ種類がある

 

ベースは弾けるけど他はだめだった

 

このブログを書いているわたくしポング。

 

ベースを20年以上弾いていますし、その意味では「ベースを続ける才能・楽しむ才能」は持っていると確信する次第。

 

メインブログの方は300記事以上書いてたり、ベースがあればいくらでも時間使えるし生きてもいけるって感じ。

 

一方、ギターとかピアノはまったく駄目でしたね。

ぜんぜん続かなかったし、すぐ興味もなくなっちゃう。

 

ピアノに関しては音楽学校の副科で1年間習ったり、それに加えて卒業後にピアノ教室で1年習ったりもしましたが、びっくりするぐらい何も身に付いていません。

 

「聴く楽器」として「一緒に演奏する楽器」として好きなのは当然な一方、

 

「自分が弾く楽器」

 

として合ってるとはとても思えませんでした。

 

伝説の音楽家だって何でも弾けるとは限らない

 

歴史に残るような伝説クラスのミュージシャンだって、元々は他の楽器奏者だったりすることも珍しくありません。

 

別の楽器を弾かせても超一流かと言うとそうでもなかったり、まぁほんと、人間の能力なんてそんなものですね。

 

例えばの話、

 

「あの人歌うとこんな下手なの!?」

 

なんていう心当たりとか誰にでもあるんじゃないかと。

どんなに音楽の才能があったとしても出来ないものは出来ないんです。

 

・難しく考えず無条件に楽しい

・なんか続けれそうな気がする

・自分の力を発揮できそう

・よく分かんないけど性格に合ってる

 

こういう手応えのある楽器というのを見つけられれば、それは絶対に弾けるようになれます。

 

逆に、自分の体・気分に合わないものはどうやったって続かないでしょう。

それを知らない、見つけられないから楽器をすぐやめてしまうんじゃないかと。

 

決意が固いほど折れやすくもなる

 

そういう意味では、

 

「俺は絶対にギター弾く!」

これしかない!」

 

なんて燃えてるよりは、

 

「何でもいいからやってみて~」

簡単そうなやつでいいや」

 

みたいな方が、実は心が折れにくい面もあるかもしれません。 

それだけ別の楽器への移行もしやすいし、まずは楽しもうとする気持ちがある。

 

後にそれで様々な楽器や音楽への理解を深めたり、可能性を広げることになる場合だって考えられます。

 

・考え悩むだけで3日間で燃え尽きる人

・ダラダラしながらでも1年以上弾き続けた人

・無理な近道を行こうとして事故を起こす人

・特に急ぎでもなく自分のペースで普通に進む人

 

果たして上手くなれるのは?

または、絶対に上手くなれないタイプはどれでしょう?

 

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才能に幻想を抱きすぎ

 

天才ではない人間は自分だけじゃない

 

人を励ますための色々な綺麗事もありそうですが、残念ながら「才能の違い」ってやつは絶対に存在するものでしょう。

 

凡人が一生かかっても辿り着けない領域にあっという間に到達してしまう人間というのはいる。

 

でも、そんなやつと比較したって意味があるとは思えないんですよね。

逆に考えれば、そいつと比べれば人類のほとんどが才能なんて持ってないことになるとも言える。 

 

だから考えようによっては安心です。

世の中、ほとんどが凡人かそれ以下からのスタートです。

 

まずは楽しむこと・もっと好きになること

 

自分の話をするならば、ベースってどんな音がする楽器かなんてことは知りませんでした。

 

「ギターやる奴ばっかで気に入らねぇ!つまんねぇ!」

 

こんて幼稚な理由でベースを選んだ人間です。

ベースのことなんか本気で何も知らずに始めました。

 

確かに志は大切です。

それがあるからこそ人は成長するのでしょう。

 

でもですね、

 

「ウサイン・ボルトに勝ちたい!」

「オリンピックで金メダル取りたい!」

「伝説の存在になりたい!」

 

なんて、勝負のテッペンの世界で戦うことを前提にするのはきついです。

 

そんな大いなる野望があるなら話は別ですが、『音楽を楽しむ・楽器を楽しもう』とすることにおいてそんなに才能が必要なものでしょうか?

 

ましてや、自分自身に対し漫画的な超一流の才能が備わってることに期待するのはおかしいし、ちょっとどうかしちゃってます。

 

「才能ない・・」と諦めるのは「俺は天才だ!」と恥ずかしげもなく痛々しく思い込んでるのと同レベルかもしれません。

 

それどころか、自分を好きな意味でも前向きな意味でも、後者の方がはるかにマシ。

 

才能のなさに落胆するということは、『都合のいい謎の力』を持っていることに期待しすぎであるとも言えるでしょう。

 

そんなことに期待して絶望を感じるより、もっと音楽と楽器を素直に好きなった方が絶対に良い。

自信も実力もないのに理想だけ高すぎると高確率で潰れてしまいます。

 

才能があっても幸福とは限らない

 

自分の周りの話で言えば、才能があったが為に完璧主義に陥り、前に進めなくなってやめちゃった奴とかいたりします。 

 

もっと言えば、神のように上手かったのに自ら人生にケリをつけてしまった恩師もいます。

身近な出来事で本当に痛感しました。

『才能=幸福』として繋がるとは限らない、人生が豊かになるとは限らないのです。

 

著名な芸能人、スポーツ選手、ミュージシャンなど、栄光から転げ落ち悲惨なことになってしまった人というのを誰でも知っているはず。

 

人間なんて本当に弱く、得意ではないことばかりの存在です。

 

『才能=万能=全能』

 

そんなことは有り得ません。

 

力のある人ほど、心の中では追い詰められていたり葛藤していたり、それなりの苦しむを抱えていたりもするもの。

 

要するに『同じ人間』ということですね。

 

才能があってもそんなに綺麗にスムーズに上手くいくわけじゃないし、都合よく楽に進めるわけでもない。

 

弾けば上手くなる・弾かなければ上手くなれない

 

楽器が上手くならないのは弾いてないだけ。

慣れてないだけ。弾き方を知らないだけ。

 

才能はもちろん、情熱だの魂だのそんな大層な力もまずは必要ありません。  

ちょっとした習慣とか些細な楽しみ、そうするだけでも十分に続くし上達もします。

 

半端なプライドとか身の丈に合わない完璧主義など、無駄に抱えてしまうとそれだけ人生は辛くなるし、どんどんつまらなくなってもいきますよね。

 

『できない自分』

 

それがいて当然と思った方がいいでしょう。

 

そしてそれと同じく、

 

『できる自分』

 

を実現すべく、地道に積み重ねていくべきではないかと。

 

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千里の道も一歩から、最初の曲も一小節から

 

熱は冷めるもの

 

ほとばしるような情熱がないことがコンプレックスになったり、自分のテンションの低さに劣等感を抱く人なんかもいるんじゃないかと想像します。

 

正直言えば、自分もそっち系の人間ですね。

打ち上げとか飲み会とか嫌いな方だし、熱く燃えてるように見えることは皆無でしょう。

 

でも、そこに頼ってる人って意外と脆かったりするようにも感じるのが個人的な印象。

 

音楽学校なんぞに通っていたこともある身ですが、入学式の次の週にはもう消えてる奴とか普通にいたのが現実。

 

あまりの現実の厳しさに負けて一気に気持ちがしぼんじゃうという。 

熱量が必要だと燃料切れを起こすし、むしろ心が折れやすくなる危うさも抱えることになる。

 

モチベーション依存の危うさ

 

「やる気依存」みたいな状況に陥るのはあまり賛成できません。

 

酷い場合、

 

「モチベーションがないから動けない・・・」

「モチベーションがない自分に落胆・・・」

「モチベーションをどう作ったらいいんだ・・」

 

なんていう、そんな本末転倒なことになるんですよね。

 

「モチベーション中毒」とも言いますか、「モチベーションを得ることが目的」になってしまうというのには強く疑問を抱きます。

 

おかしな話ですが、『モチベーション』という言葉を使う状況、使いたくなる状態って多くの場合、負の感情とか不安な心境が表れている時ではないかと感じる次第。

 

「モチベーションやべえ!今なら何でもできるぜ!やっちゃうぜ!」なんてニュアンスで使われることは残念ながらあまりない気がします。

 

才能がないからこそ楽しみ地道に積み重ねる

 

・一日に10積み重ねられるけどすぐやめちゃう人

・一日に1しか積み重ねられないけどずっと続く人

 

どんなに才能があっても前者はいろいろ厳しいです。

うさぎと亀じゃありませんが、本当にそういうものだと思います。

 

「一日に一拍しか曲を進められない・・・」

 

なんて、うだうだ悩むより、

 

「この一拍を積み重ねればいつか曲になる!」

 

と地道に続けていった方が先に進めます。

そして、より楽器演奏が身近で充実したものになるでしょう。

 

千里の道も一歩からならぬ、

 

千の名曲も一拍目から

 

これですね。

一日5分の練習だって積み重ねれば人生は変わる。

 

楽器も必ず弾けるようになるし、演奏も楽しくなっていきます。