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暴力・パワハラ・権力行使 悪行が明るみになる今の世の素晴らしさ

暴力による支配など許されるべきではない 目次

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スパルタ教育とかいう幻想

 

愛のムチだの都合のいい言葉を使いたがる人もいますが、怪我させて病院送りにしたり、相手の心を踏みにじったり、そんなの「ただの犯罪だろ」って話ですよね。

 

ましてや、一生物の怪我や傷を負わせるとか、再起不能なところまで追い込んだり、人生を破壊してめちゃくちゃにするなど、そんなことが許されはずがない。

 

「俺達の頃はもっと厳しかった!」

 

こんなことを言いたがる人も多い世の中、それが間違いであると声を上げられたり、悪事を隠蔽できず情けなくバレたりするとか、個人的には良い傾向なんじゃないかと受け止めています。

 

時代の流れも価値観も変わってきている証明ではないかと。

 

「今の世の中は監視されてるみたいだ・・」

「縛りばかりで生きにくい・・」

「昔は人を殴れて良かった・・・」

「悪い事やっても許してくれてた・・・」

 

とか、そんな風に感じる方が明らかにおかしい。

 

どっちが甘いこと言ってんだって話。

 

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大人達の悪行を振り返る

 

暴力と弾圧による地獄の幼稚園時代

 

幼い頃からけっこう酷い目にあってきましたが、ああいうのは本当になくなってほしいものです。

 

自分が通ってた所の先生の行いは今でもトラウマですね。

 

・給食を残すことは絶対に許されない

・残すとコップにまとめて頭掴んで無理やり流し込まれる

・床に落とした物でも絶対に食べないといけない

・ゴミが付いてても砂まみれでも食べさせられる

・遅いと廊下で正座させられ椅子をテーブルにして食べないといけない

 

まぁほんと、食事に関することだけでも酷いものでした。

周囲から苛烈ないじめも受けていたものですが、それも一切放置です。

 

いじめっ子の行いがこれまた凄い。

特にお昼寝の時間などは毎日が拷問のようでしたね。

 

・嫌がらせ暴力は当たり前

寝ているところを叩く蹴る殴る

・さらに跳び箱からジャンプしてきて腹・頭を踏みつける

・後ろからいきなり突き飛ばされる

・転んで歯が折れ飛ぶ

・プールで頭を沈められる

 

今振り返ってみても何じゃこりゃって感じ。

しかもこれ、一人の仕業じゃありません。

二人がかり、それ以上の人数です。

 

でも先生は一切放置。

それどころか弱者であるお前が駄目なんだって扱い。

よくある「いじめられる方も悪い」ってやつですね。

 

こんなもの、糾弾されて当然でしょう。

人間のやる事として認められていいはずがない。

 

結局、誰も助けてくれないから自分の身は自分で守りました。

キレて命がけでいじめっ子と戦いましたし、あの時のことは今でもよく覚えてます。

 

幼稚園児の素手同士の喧嘩で流血沙汰ですよ?

「バトル漫画かよ!」って自分でツッコミたくなる。

 

もはや喧嘩なんてレベルじゃなくてサバイバルですよね。

 

祈ったって誰も助けてくれません。

生きるために戦うしかない、自分で自分を守るしかない。 

暴力には暴力で立ち向かうしかないという地獄。

その手段を5~6歳の子供が取るしかなかったというね。

 

本当に酷い話です。

 

小学校時代のヒステリー教師

 

そこで不幸が終われば良かったんですが、ここからがまた酷かったり。

 

自分の地方ではちょっと有名だったらしいキレたおばさん。

それが4年間も担任だったのが笑えません。

 

「馬鹿やつらが!」

「ヌケサク共が!」

「このクソったれが!」

 

こういう言葉を大声で毎日聞かされます。

しかも毎日のように誰かが頭をはたかれてもいます。

 

女子に対しても一切手加減なく、

 

「このクソあまが!」

 

なんて罵倒。 

 

出来の悪い生徒はストーブ用の檻で囲んで隔離するとかそんなこともありましたが、まぁ、今みたいに映像が撮れたら一発アウトでしょうね。

 

気に入らないことがあると漢字を千字書かせるとか、何らかの見せしめ行為、辱めや嫌がらせとかも大好きだった感じ。

 

かなりプッツンしてた人でした。

 

ただ、これも悲しいかな、相手が6年生にもなると通用しなくなってくるのが惨めなんです。

体がでかく喧嘩もめちゃくちゃ強い奴とかいると、実際、おばさんじゃどうにもなりません。

 

6年の後半はもう、完全に学級崩壊してました。

暴力が暴力によって敗北するという、皮肉な話。

 

生徒に怯え始めていたあのおばさんを見るのは滑稽でもあり、あまりに惨めで悲しかった記憶。

 

一応のフォローをするならば、絵画や音楽などそちらには明るかった人なのと、自分はなぜか気に入られていたらしく、賞状を数多く貰ったりもしました。

 

自分が音楽が好きでベースを弾き続けているのも、ひょっとしたらそこがひとつのルーツでもあるのかもしれないし、そう考えるとなおさら悲しいところがありますよね。

 

絶対、もっと良い方向に行くことも出来たろうにと。

 

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中学バレー部の顧問 その暴力と暴言の嵐

 

今度は男でしかも180cmを超えてるような奴だった分、力ではどうにもなりません。

ただのデカブツじゃなくて運動もできますから、分かりやすい恐怖の対象でした。

 

そいつの特徴(悪行)を言うと、

 

・部員をクズ、ゴミ、カス呼ばわりは当たり前

・椅子は投げ飛ばす

・わざわざシューズを脱いでそれで殴る

・中身入りの缶コーヒーで殴る

・いつも怒鳴りわめいている

・ぶつぶつ呟きながら物に当たる

・嫌味を言いながらボールを思いっきり投げつけてくる

 

こんな感じ。

 

で、誰かのジュースの買い食いがバレたとか何とかで激烈に怒りまくり、他の学校の先生の前で恥をかかされたの何だの、手が付けられないぐらいにキレたのが印象的でしたね。

 

まぁ、そんなことがあり、

 

「なんだこいつ・・」

「頭悪すぎだろ・・」

「だっせ・・・」

 

と呆れて、自分はバレー部をやめることにしました。

 

ただ、恐怖で逃げられなかった奴は悲惨だったみたいです。

「もうやめたいです・・」と言ったら「じゃあ殴らせろ」と言われたそうな。

 

それで登校拒否になってしまったとか、本当に最低も最低な話ですよね。

180cmを超えてる大人にそんな脅しを受け、「弱い」の一言で片付けられる問題なのかと。

 

これでチームが強いかと言うとまったくそうではない。

一回戦負けの常連で雑魚中の雑魚という扱い。

他の学校から「おたくと試合しても意味ないから」と断られる始末。

 

でも、そりゃそうですよね。

だって、ルールもろくに教えないんですよ?

 

ひたすら罵倒して萎縮させてばかりで何も教えない。

何の意味があるかも分からない練習を長時間するだけ。

楽しい時間なんか1mmも存在しない。

 

・何も教えられないくせに自分は有能と勘違いしている

・生徒の才能に頼るしかないくせに天才がいないと嘆く

・潰している原因が自分にあるのに根性がないと罵倒する

 

こんなもん、何が大人で教師だって話。

熱血を勘違いした情緒不安定とかマジで最悪です。

 

でも、こういう体育会系の人間って多いですよね。

「俺はこんなに必死なのに何でお前らはついてこないんだ!」って感じの奴。

 

実にアホらしい。

 

高校時代の理不尽教師

 

ま~だ続くのかよとうんざりしますね。

しかし、これも掛け値なしに酷かった。

 

下校中の話です。

 

友達がいきなり襟首を掴まれ、しばらく睨まれるという事件が発生。

顔も1cmぐらいにまで近づけるとか明らかな異常行動でした。

 

そして、

 

「おら!殴ってみろよ!」

「そんなことできねーか!?」

 

これです。意味分かります?

 

なんとその犯行に及んだのは教師なんです。

それも教育主任みたいなけっこう上の方の立場にいる感じの奴。

 

友達は何もやっていません。

自分とダベりながら歩いてただけ。

 

本当にまったく意味不明でしたね。

ヤンキー漫画かよって感じ。

いや、ヤンキーだったら殴り合いになる覚悟があるから健全ですね。

 

たぶん、私立だったということもあるのでしょう。

親が高い学費を出してくれてるわけです。

「問題を起こすわけにはいかない・・」と子供は我慢する。

それを分かっててその教師は生徒を挑発をしていたのでしょう。

ニヤニヤしながらね。

 

しかもこれ、一回だけじゃないんです。

登校中にも目撃しました。

 

他にも質の低いことが多々あり、友達は学校にも通わなくなります。

その事件と光景をきっかけに退学も決意。

 

で、また滑稽なのが、その友達が学年トップの成績で入学したものだから、担任が焦っちゃったみたいなんですよね。

 

「お前がやめたら俺の信用問題に関わる!」

「頼む!考え直してくれ!」

 

なんて泣きつかれたと聞きました。

 

そして何がもっと酷いって、そんな教師の話をしても親から悪者扱い・出来損ない扱いされるのはこっち側だったということですね。

 

もうほんと、

 

「学校は絶対の存在!」

「逆らうことは許さない!」

「行かない奴はクズ!」

 

こういう感じです。

まぁ、そんな時代です。

誰も聞く耳なんか持ってくれません。

 

もちろん、今だって同じような面はあるのでしょうが、教師の暴力容認、暴言容認、子供の人格否定、人権剥奪など、それが当たり前のまま残ってる・受け入れているとは思いたくないですね。

 

そりゃ当然、こっちにも問題がある部分は存在しますよ?

でもどちらかと言うと、不良とは対極の位置にある大人しい方だったのが自分です。

親と衝突して暴力をふるうとか、そんなこともまったく無かったわけです。

「自習の時間は安心して任せられる」とか三者面談で言われてたりもした人間です。

 

それでも、学校と教師は絶対の存在であり、それに逆らうお前の方がおかしいって扱いでしたからね。

理不尽な暴力を振るわれようと、暴言を浴びせられ尊厳を踏みにじられようと、悪いのはこっちになってしまう。

 

本当に狂った話だと溜息が出ます。

 

でもきっと、我々の親の世代はさらに理不尽で酷い目にあってきたのでしょう。

実際、人間とは思えない扱いを受けてきたことをよく聞かされます。

 

だからこそ、そんな負の連鎖は断ち切りたいですよね。

 

「俺達が死ぬ思いをしてきたんだからお前らも苦しめ!」みたいなそんな、馬鹿げた価値観や憎悪を引き継ぐべきではありません。

 

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多様性と自由を許される世の中

 

音楽学校の恩師達はちゃんと人間だった

 

今振り返っても酷い大人ばかりを見て育ったんだなと思いますが、それとは一転、あまりにも違う人種だったのが音楽の世界に生きる人達でした。

 

メインでやってるブログの方ではもうお馴染みの話にもなっていますが、わたくしポング。

音楽学校に2年通い、卒業している身だったりします。

 

幼~高までのあまりの環境の酷さに体を壊したり休むことも多かったですが、この音楽学校時代に関してはほとんど皆勤賞でしたね。

 

辛いことも大変なことも沢山ありましたし、毎日5時に起きて片道二時間ぐらいかけて通うなんて毎日でしたが、それでも精神的に辛くて休むなんてことは一度たりともなかった。

 

その学校の恩師達は暴力・暴言をふるうわけではありません。

とにかくユニークで優しく面白かった。

かと言って、甘く叱らないというわけではない。

むしろ、震えが来るほどの恐怖におののくこともあったり。

 

でも、楽しかったですね。

すごく信頼してましたし、やっぱりそれだけのものを持っていた。

 

初めて活き活きしてる大人を見たという、その時点でもう感動。

自分の好きなように楽しく生きている、それが凄く格好良く見えた。

世間知らずで生意気なクソガキ共が自然と心を開き、師と認め慕い、教えを請おうとするんです。

 

また、意外に思われる方もいるかもしれませんが、音楽の世界で生きている人って礼儀作法にかなりうるさかったりもします。

 

割と狭い世界ですし、変な噂なんか立ったら終わりという怖さがあるわけです。

 

加えて、その学校は徹底的な現実主義と言うか、まったく夢なんか見せない場だったので、その意味でも厳しい面がありました。

はっきり言って、その恩師達の方が遥かに苦しくギリギリの中で生活しているんですね。

華やかで儲かるなんて世界ではなく、本当に地味で保障もない大変な日々を過ごしてる。

 

おかげで、それまでの学生時代よりよっぽど社会で役に立つ勉強ができましたし、人との接し方・大人の前向きな生き方というのも学べた次第。

 

『互いに人間であること』

 

これすらクリアできない、認識できない者が何を教えるのだ、育てるのだという話。

子供も大人も関係ない、奴隷やペットじゃないだろうと声を大にしたい。

 

暴力と権力に頼るなど論外

 

繰り返すようですが、

 

「子供が目上に逆らうようになった・・」

「暴力が許されなくなった・・」

「監視されてるみたいで嫌だ・・」

 

とか、こんな馬鹿げた情けない主張があるかと言いたい次第。

 

そんな方法でしか従わせることができない、信頼がない、自分を高めようともしないなど、それで人が付いてくるわけがないし、そのままで良いと思ってるのも異常でしょう。

 

ましてや、暴力の隠蔽を画策するとか、権力を笠に圧力をかけるとか問題外。

それで何とかなる、誤魔化せると考えている方が有り得ません。

 

音楽の世界でも、とある大御所が世間を騒がせてしまった事件なんかもありましたよね。

逆らう子供を力づくで従わせようとしただの、ビンタくれただの、

 

「古っるいなぁ~・・」

 

 とちょっと呆れました。

 

まぁ、その子供の方もクソガキだった可能性はありますし、詳細は知りません。

でもそれにしたってつまんない話です。

 

そもそも音楽やってんだから、クソガキでヤンチャとか当たり前ですよね。

それを実力で黙らせていた、尊敬させていたのが自分が通ってた音楽学校の恩師達。

暴力で解決とかあまりに安易すぎて格好悪い。

実に古いやり方だなと。

 

また、自分の感覚で言えばこういう場合、「手を出したからには自分もやられる・・・!」という覚悟があったのかと疑問になるところ。

 

大人気取りや強者気取りな人ってのはどうなんでしょう?

 

「こいつは俺には手を出せない!」

「子供は大人に抵抗できないものだ!」

「俺に逆らったら大変だぞ!終わりだぞ!」

 

とか、こんなことを思っているのだとしたら、めちゃくちゃ滑稽ですよね。

むしろどれだけ弱いんだ、力に怯えているんだって話。

 

子供だってなんだって命がけで戦います。

不条理にも理不尽にも立ち向かいます。

抵抗する術があるならばそれを利用します。

 

そして今という時代これからの時代は、そういった暴力や権力を利用した挑発、支配が許されない社会になっていくのだと思いたい。

 

綺麗事かもしれませんが、汚いのもうんざりなわけですよ。

暴力と権力にさらされて生きるとかまっぴらです。

そんなもんはとっととブッ壊れてほしい、無くなってほしい。

 

大人が格好よく楽しく生きてれば、それだけで随分違うはずです。

 

「世の中は甘くない!」なんて説教して悦に入ってないで、

 

「心配するだけ無駄だよ!受け入れるよ!」

「お前のミスぐらいで世の中終わらねーよ!」

「大人になるってのはおもしれーんだよ!」

 

「やりたい事やれ!」

 

こう堂々と言える世の中だったら良いですよね。

 

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時代は絶対に変わってきている

 

繰り返すようですが、今は良い世の中になりつつあるのではないかと感じます。

 

確かに、ネット上などでの陰湿ないじめや負の面が存在することも言えるでしょう。

寄ってたかって個人を攻撃したり追い詰めたり、それを正義だと思いこむような人間もいたり、まことに醜悪なものだと感じます。

 

でもそれはあまりにも貧しいし、悲しく愚かなことでもある。

そして、そういった面だけを見ようとするのもあまりに一方的であると思いますよね。

 

このあたりについては以前の記事でも話しましたが、悪い方ばかりに考え良い面を見ようとしない、その価値を切り捨て気付かないというのは凄くもったいない話でしょう。

 

良い面を見ても限りないぐらいの可能性が広がっている。

 

戦うことばかり話してきたようですが、べつにそれは格好いいことでも偉いことでもない。

むしろ逃げ道があるべきだと思いますし、その道も選択肢も存在しているべきだと考えます。

そして、ネットの中にはそういった逃げ道や様々な価値観が多く存在していると感じる次第。

 

学校ってほんと、ものすごく視野が狭くなりますよね。

 

今の時代、これからさらにどんどん変化していくのだろうに、その現場ではとんでもなく時代遅れな教育をしているとか、前時代的な感覚のまま麻痺しているとか、それはあまりに救えないし、子供も親も大人もみんなかわいそう。

 

再び音楽学校の話をするようですが、わたくしの両親、

 

「こいつが絶対に続くわけがない!」

 

と実は思っていたそうな。

確かにどう見ても内向的でしたからね。

 

「ああいうところに来る人は個性的だよ?」

「お前じゃすぐ潰されちゃうよ!」

「音楽やってる奴なんかろくなもんじゃないから!」

 

こんなことを言われたものですが、いやはや、現実は逆だったから面白い。

 

むしろ、そこで必死に生きている人達の方が真面目でしたし、しっかり現実を見ながら謙虚に生きていたという皮肉。

 

しかも、両親の考える「個性的な人達」と分類される人間。

それが自分の子供だったというオチ。

 

その音楽学校時代、学内のイベントライブで3回優勝、1回の準優勝を飾りました。 

その後に仕事をしたりもするんだから、人も世の中も己の価値観と常識だけでは測れないものですね。

 

少し視野を変えてみたり、環境を変えるだけで凄く生きやすい場所があるかもしれません。

逆に今がものすごく辛くて合ってない可能性もあるわけですし、人はもっと自由になってよいものだと感じます。

 

暴力を正当化したいなら堂々とやればいい

 

屁理屈こねて、暴力を振るうにも自由がある!」と正当性を掲げたいのであれば、何も隠そうとせず誤魔化さず堂々と行い、公表もすればいいでしょう。

 

その結果、己に罰が与えられ悲惨な未来が訪れようと、それを誇りに胸を張って生きるか散ればいい。 

大事になっちゃったから焦って隠そうとするとか、そんなみっともない行動はやめてほしい。

 

自分はもう、暴力にさらされるのもそれを用いなければならないのも御免です。

暴力で奪うのが当然、権力による支配弾圧が当然、隠蔽すれば何も問題など、そんな考え方には断固として異を唱えたい。

 

それで一生が狂ってしまう可能性もあるのです。

いっときの気分や満足感で済まされる問題ではない。

 

弱いからこそ自由になるべき

 

それにしてもまぁ、人間ってのは弱いものですよね。

超一流の凄い選手でもスポーツの世界でも、世の中はあんな状態。

教師だってなんだって聖人にはなれない。

 

どんなに鍛え戦おうと、その心の弱さは克服できないものなのだと感じます。

 

身近で言えば、音楽学校でトップ中のトップだった恩師は自らこの世を去ってしてしまいました。

経済的な不安は特にない、家族との衝突もない、にもかかわらず生を捨てた。

何があったのかまったく分かりませんが、実は大きな弱さを抱えていたということなんでしょうね。

 

神様のように思っていた人です。

弱点なんて存在しないと憧れていました。

でも、そうじゃなかった。

人間、本当にこんなものなんだなと。

 

だからもう本当、強くあろうとする必要はないと考えます。

誰にだって欠点はあるし、どうにもならないものはどうにもならない。

逃げちゃってもいいし、遊んでもいいし、もっと楽しく自由になりましょう。

たかが音楽と楽器で人生変わる人間もいるんです。

漫画読んで笑って泣いて今日を生きられたりもするんです。

 

酷い目に遭ってきた自覚がありますが、それを他の人にまで背負わせないと気が済まないなんてことは思いません。

それを強く望んでしまえばいつかまた、確実に自分に返ってきてしまうし、世の中が厳しく辛くなるだけ。

 

もっと自分の好きなことをする、もっとそれができる世の中になっていったらと願います。