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偉そうなオッサンのむかつく話 褒められない人間の響かないお説教

世の中甘くないおじさん 目次

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とあるライブでの出来事

 

20歳前後ぐらいの時だったかの話。

丁度、自分が音楽学校を卒業したかどうかって頃。

 

父親の知り合いの知り合いに音楽プロデューサーだか何かの社長(以下オッサン)がいるってことで、その人が面倒を見てるらしいボーカルさんのライブを観に行く流れに。

 

で、そのオッサンに実際に会って話もしましたが、ま~、超偉そうで笑いました。

漫画かよってツッコミたくなるぐらいのその態度がおかしくて仕方ありません。

 

お前みたいなのは掃いて捨てるほどいる、俺は誰々を知っている、お前が尊敬してる奴よりもっと凄いやつを知ってるだの、頼んでもいないのにペラペラ語り始めます。

 

そりゃ、小僧だってことでナメる気持ちは分かりますよ。

 

それにしたってまぁ、こんな嫌なオッサン丸出しな人間で恥ずかしくないのかって気の毒ですらあったかなと。

 

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ライブ自体は凄く良かった

 

凄腕のミュージシャンがサポートしていることもあり、演奏の方は非情に素晴らしかったのは救い。

 

以前にも話しましたが、ミュージシャンって意外なほど礼儀正しいものです。

世の中の怖さや厳しく残酷な現実を知っているならばこそですね。

 

当然、楽器・音楽のことについて熱く語ってくれたりもするので、その方達と話をするのはすごく楽しかった記憶。

 

最初はめっちゃくちゃ気分悪かったですが、そういった先輩方の姿勢を勉強できて良いライブも観ることができたのは収穫でした。

 

誇らしげなオッサン

 

一方、オッサンの方はさらに調子づき、より偉そうな態度をかましてくれます。

いきなりグイッ!と肩を組み、「どうだ?すげぇだろ?」と得意げ。

 

そしてわたくしめは思ったわけです。

 

「てめーは何もやってねぇだろ」

 

そしてこの瞬間、はっとなりました。

 

「人を讃えたいのであれば自分も等しく偉大でなければならない」

 

この言葉が急に頭の中に浮かんできたと言うか、声が聞こえたような気すらした思い出。

 

これ、なんか凄く印象的なんですよね。

 

そんなこと今まで考えたことも思ったこともなかったんだけど、あの瞬間から本当、なぜかこの言葉が頭からまったく離れなくなりました。

 

それだけそのオッサンにムカついたのか、「こんなかっこわりぃ人間にだけはなりたくねぇ!」と反骨心が湧いたのか、良くも悪くも貴重な体験になった次第。

 

ちなみにそのオッサン、自分を誘ってくれた父の知人がバッサリ切ってたのも印象的。

あまりにも態度が悪いのをこころよく思わなかったのか、

 

「なに偉そうに言ってんだ」

「お前は諦めた側の人間だろ」

 

と冷たく突き放していたのが面白かった。

小僧ながらに「あぁ、世の中ってこういうもんなんだ」と納得した思い出。

 

世の中は甘くないと得意げになるオッサン

 

虎の威を借るなんとやらってことわざにもあるぐらいですから、昔からああいうのって嫌われてたんでしょう。

 

「やべぇ先輩知ってっから!」

 

みたいなもんでしょうか?

いい格好したいって気持ちは分かるところでもあるし、ありがちなだけに気を付けたいものです。

 

とは言えまぁ、

 

「おいボウズ!

「よく見とけよ!」

「凄ぇからよ・・!」

 

なんて得意げに語ってしまうオッサンというのはやっぱり、ちょっときついものがありますよね。

しかも、子供相手だと確認・安心してナメてからって感じだと余計にね。

 

自分のわざを誇るのであればそれそのまま格好いいんだけど、ただ見物する側なのになぜか自分が一番凄い、偉いみたいに自信満々でいるのはよく分かりません。

 

「世の中の厳しさを教えてやる!上には上がいるんだぜ!」と息巻くのもどうかと思う次第。

 

路上ライブとかやっててもこういうことありましたわほんと。

 

「お前らみたいなのはいくらでもいる」と語りたがるオッサン。

「好きなことじゃ食えない」と得意げなオッサン。

「世の中は甘くない」とりあえずこれを言っておきたいオッサン。

「お前の為を思って言ってやってる」と善行ぶるオッサン。

 

お説教したがりの格好つけたがり絡みたがり。

そういうありがたくも何ともないオッサン。

どこでも必ずわくものなのだなと。

 

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意外と生きる場所があるのが世の中

 

自分の経験から見てもそうですが、探してみれば案外、世の中って受け入れてくれる場所があるものだと感じています。

 

狭い世界にいると窮屈で思い通りにはならないことが多いのは確か。

学校なんかはその最たるものなんじゃないかと。

「社会は甘くない!」って何度聞いたことか、うんざりしたことか。

 

でも、いざ外に出てみたら意外なほど自由も度量も存在するもの。

学歴も経歴もないような人間であるほど、視野を広げた方が絶対に良い。

それか、徹底的に狭く深くしてみるかですね。

変なやつは変なやつらなりに集まって楽しんでいるから面白いわけです。

 

なんでしょうね?

たぶん、自分は『運が良い方』なんだと思います。

つまりは悪いものが寄ってこないし、自分から遠ざけることもできる。

その感覚がない人、分からない人は辛いことが多いのかと想像するところ。

 

面倒くさい性格であり、褒められた人間でもない身ですが、まぁ、そんなやつでもまだ生きていられてるんだから、世の中ってのは意外と甘いものだと考えます。

 

ダメ人間であればこそ、完璧超人とか立派で模範的な社会人への道なんてとっとと諦めた方がいい。

 

本当に凄けりゃ勝手に尊敬される

 

ああいう、小僧をいじめて悦に入ろうとする人間とか、品定めするみたいに挑発してくるようなのはウザくって仕方ありません。

 

ただの嫌がらせとか腹いせなら尚更というものですし、関わるだけ無駄。

たとえ権力や資産を持っているのだとしても、まったく近寄りたくない存在です。

バブル期のくそ下品で下劣な話とかもうんざりしますもんねほんと。

 

頑固親父みたいなのを気取りたがる人間っているものですが、大抵はただダサいだけだから悲しい。

なんかこう、明らかに自分の人生に不満を抱いている、絶望と諦めを感じている様子だと余計です。

 

それだったら、まさかの全力ごちうさトークとか爽やかにかましてくれるおっちゃんの方が尊敬できますたぶん。

 

尊敬されたいならまず自分が尊敬される人間である方がよい。

人が自然と付いてくる人間である方が良いのは間違いないでしょう。

敵が多く嫌われようとそれを超える魅力を持ってるのは本当に強い。

 

音楽学校時代の話をするのであれば、最初は嫌っていたある先生。

実は超上手いという事実にしばらく経った後で気付くことに。

そこから凄い尊敬もはじめましたし、生意気なクソガキが心も開いた次第。

 

あれです、喧嘩自慢のヤンキーみたいなもんですね。

 

強ければ尊敬する

 

と同じように、

 

上手ければ尊敬する

 

そういう単純な話。

 

ガキにナメられるのが嫌ならまず自分を高めるべき。

自然と自信も生まれ自分も周囲も変わるのでしょう。

とことん好きことやってりゃいいじゃないかと。

それで納得させられる人はやっぱり格好良い。

 

自分も一生ベースを弾きオタクでもありたい次第。

たぶん自分より人間できてて立派な小学生とか普通にいます。

だったら上から目線で説教してるより好き勝手に遊んでる方が楽しくていい。

 

ブログの迷走とかも面白くて良いかもしれませんね。

 

すでに「なんでこんなの書いてんだ・・」と若干後悔気味ですが、せっかくなので公開しておきたいと思います。