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体育会系思考・老害への嫌悪 人質を取られて奴隷になる人生は御免

老人による支配・体育会系社会への疑問 目次 

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生活・家族・仲間・夢は人質なのか?

 

昔っからず~っと自分の中にある疑問。

 

「自分がやめたら仲間に迷惑がかかる・・」

「家族を養っていくことができない・・」

「この業界で生きていくことができなくなる・・」

 

こういう葛藤や苦悩を持って生きることの何が喜びなのか幸せなのか、本気で分からなかったりします。

 

それってもう、普通に人質取られてるのと同じじゃないですか?

 

「あ?家族がどうなってもいいのか?」

「仲間は大切だよなぁ?」

「お前の将来も生活も簡単に潰せるぞ?」

 

こんな状況に陥ってるとか絶対おかしくないかと。

 

そんな中で最後まで組織を信じる、お偉いさんに希望を託す、わけも分からず人生を委ねるとか、そんな無茶苦茶な話があるかとツッコミたくなります。

 

変な部活とか職場でもなんでも、そういうので苦しんでる人がいるんだったらもう、すぐやめちゃった方がいいですよ。

不幸にもすでに人質を取られてしまっているのだったら、それを救い出せる方法を考えるか、べつに大したもんじゃなかったと切り捨てるか、そっちの方が絶対に良い。

 

最近、いろんな業界のボロが出まくってますけど、そりゃそうですよね。

理不尽なことやって搾取してたり、偉そうに権力振りかざしてたのが通用しなくなってきたんだから、崩壊して当然というものでしょう。

そんなの信じるだけ無駄だし、身を預けるだけリスクにしかならない。

 

あまりに腐っていると感じるようなら、自分が身を置く環境、業界、人間関係とその思考・思想に素直に疑問を抱いた方がいいんじゃないかと。

 

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また事件と謝罪か

 

amai-jinsei.hatenablog.com

 

以前、こんな記事を書きましたが、何だかま~たお粗末な事件が起きましたね。

 

ほんと、子供の頃からずっと思ってましたが、それを象徴するような価値観や対象がボロクソに崩れていく様を見るのは爽快である一方、複雑でもあるかもしれません。

 

なんで体育会系の人間ってガチガチの組織を作るのが好きなのか、それを意のままにしようとするのが好きなのか、ついでに頭がアレなのをお約束にするのか、笑いを超えてもはや気の毒ですらあります。

 

くっそしょーもない組織作って権力振るって、奴隷を食いものに思い通りにこき使おうとか、いつまでこんなことやってんでしょうね? 

笑いのネタとしちゃそれなりに面白いけど、被害に遭う当事者はあまりに気の毒。

 

テレビほとんど見ないけど、たまにつけてみれば謝罪会見とか言い訳会見とかそんなのばっかり。

綺麗事になっちゃうんでしょうが、芸能界だのスポーツだのってなんのためにあるものなんでしょうね?

奴隷による残酷ショーとか搾取のための装置にするとか、そういうのを喜ぶ時代ではなくなってきていると思いたい。

 

人が必死になるから感動するって言ったって、裏であんなのばっかじゃな~んも喜べないし、気分悪くなるだけですよ。

 

神さま気取りのクソ老害

 

これって何なんでしょうね~?

お偉いさんってなんであんなに腐ってしまうのか、不思議で仕方ない。

なんかやらかしても大体、「こっちは被害者だ!お前らが悪い!」で済まそうとしますよね。

 

カルト教祖さま気分なんだか知りませんが、世の中の全てが自分の思い通りになると本気で思ってそうなのが醜悪の極みだなと。

 

お偉いさんの立場に限らず、年配者にそういう傾向が多いのがまた印象が悪い。

「こっちは神様なんだぞ!人間は神に従うものだ!とか、割と冗談抜きにそう考えてるっぽいのがいるから恐ろしい。

接客業やってる人とかこういうのに絡まれるとさぞかし最悪でしょう。

 

是非是非、どんどん淘汰されていってほしいところ。

 

自分より一回り以上も下の子の方が意外としっかりしてたり礼儀正しかったり、そういうのを見ると本当、所構わず怒り出したり当たり散らしたり、それで悦に入ってるような年寄りにはうんざりしますね。

 

もはや、情けなく悲しいものすら感じます。

教育・教養って大事だな・・・と。

 

体育会系がクソ嫌い

 

これもほんと、子供の頃から大っ嫌い。

 

意味の分からないヒステリー、理不尽な強要、やたら上下関係を作りたがったり、暴力の存在や服従が当たり前だと認識しているなど、程度が低すぎて相手にしてられません。

 

たかだか体育の授業で負けたぐらいで悔しくて暴力を振るうとか、ドン引きするぐらい泣き出したり怒り出したり、そういうやつも超滑稽でしたわほんと。

 

こういうのって精神的には相当弱いですよね。

負けに慣れろとか鈍感になれってことではなく、あまりに感情的すぎだし頭が残念すぎる。

多様性を認めない、他者を寛容しない、自分の未熟と責任は人に押し付けるとか、どんだけ幼稚なんだって話。

 

体育会系の教師とかもマジで飛んじゃってるやついましたが、割と真面目なレベルで病気なんじゃないかと疑いたくなります。

 

中学のバレー部の顧問とか、あれは本当に凄かった。

幼児みたいに駄々をこねたり、地団駄踏んだり、情緒不安定で笑えないレベルの怒り方をしていて血の気が引いた思い出。

180cm以上あるでかい大人が言語を失ったように怒ったり暴れるとか、普通に通報案件です。

 

マジでやばいです。くっそ気持ち悪かった。

 

椅子は投げるわ、ボール思いっきりぶつけてくるわ、シューズで殴るわ、中身入り缶コーヒーで殴るわ、正真正銘、ただのクズ。

 

あんな部活ほんと、やめて正解でしたね。

あんなのに付き合ってたらこっちの精神が崩壊してしまいます。

 

言っちゃあれだけど、バレーボールに思い入れなんかなかったし、怪我もせずさっさと辞めれて人生助かったなと。

 

早い段階で逃げることを学んだ意味では収穫でもありました。

大人になってもマジでそういうノリだったり飛んでる人間がいることに戦慄します。

 

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生物として鈍化する疑問

 

この世の中、肉体的なエネルギーやタフさを求められるのはもちろん、精神的エネルギーの重要性もよく語られているところでしょう。

 

しかしまぁ、それってちょっと変な話だとも思うんですよ。

 

何でかと言うと、精神的なエネルギーの消耗の原因って大体は人間関係のような気がするので、そこを間違ってる前提で進むのってもう、すでに何かが狂ってるんじゃないかなと。

 

その余計な消耗も疲弊もない環境だったらそもそも、そんなにやる気だのモチベーションだのに依存する必要性はないんじゃないかと考えるわけです。

 

どんなに好きなことだって真剣に続けてたら疲れるし、苦悩もします。

自分で自分を追い込んだり、心が負けたり折れたり、そういうも場面も多くあるものでしょう。

でもそれというのは、楽しみや喜びがあるからこそ挑めることですよね。

 

そんなものは存在せず、ただ苦しく辛い。

根本的に環境が狂ってるとか、病気が蔓延してるとかただの地獄。

やってられません。

 

意図的に潰しにくるだの、人質取ろうとするだの、足を引っぱって巻き添えにしようだの、そんな環境にどっぷりハマってたら間違いなく壊れてしまいます。

肉体を突き動かすほどのやる気とモチベーションが必要とかそういう、戦場に行くみたいな覚悟が必要って無茶苦茶ですよね。

 

そんな中で生きやすいのが従順かつタフな体育会系ってことなのかもしれませんが、自分はどちらも積極的に避けたい次第。

 

そういう人達って、痛みにも攻撃にも鈍感だから嫌なんです。

 

「これぐらいが何だ我慢しろ!」

「俺達はもっと苦労した!」

「痛みも怪我も慣れるもんだ!!」

 

とか、なんじゃそりゃって話。

 

痛いもんは痛いし、辛いものは辛い。

それを言えるのが当たり前であり、治療も改善もできる世の中であってほしいもの。

人間として麻痺するのが正しい、生物として退化していくのが目標とかお断り。

 

ルール無視の勝利至上主義一本、お粗末な金もうけ第一主義で奴隷を求めるとか、そんなの勘弁です。

ま~ほんと、世の中もっと楽に自由に、人間らしく生きられるようになることを望みます。

 

ヒステリックで偉そうな老害とか脳筋とか、一生関わりたくありません。