「思います・気がします・かもしれません」 弱い語尾からの脱却をしたい

ブログあるある?

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思います・気がします・かもしれません

 

ついつい使いたくなっちゃうこの語尾。 

ブログ始めたての時とか特にそうでしたね。

ほぼ全ての語尾がこの3つだったりするから青くなってしまいます。

 

要するにこれ、

 

・断言が怖いから曖昧にしておきたい

・自分の言葉と思考に自信がない

・逃げ道を用意しておきたい

 

こういう弱い部分が出た結果なんでしょうね。

 

書き方と伝え方を知らないってことがあるにしてもま~、何がそんなに怖かったのか、自分の考えを話すのに自信が持てないのか、不思議にすらなるところ。

 

メインの方と合わせ500記事近くも書いているからさすがに慣れましたけど、それでもやっぱり、この語尾を使いたくなってしまうから厄介。

 

まったく使わないというのも縛りになったり窮屈になるので、消去しようとまでは意識しませんが、いずれにせよ、意識的に使わないように決心したことがあるのは確か。

 

弱い言葉、弱い意志から脱却したければ使うべきものじゃないなと。

 

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この有料記事を書いていても本当にそうですが、やっぱり、言葉が弱くなっちゃう語尾には気を付けて書くようになりましたね。

 

そもそも自分が欲しかった情報をまとめたというのもあります。

そこで全部曖昧にぼかして誤魔化してたら全然面白くないでしょう。

ただでさえ文才もセンスもないだろうに、そこでさらに言葉も弱くして逃げていたら本気でどうにもならなくなってしまいます。

 

「責任」と言うとちょっと大袈裟で息苦しくもありますが、話したいことはちゃんと話すべきであり、自信も持っておくべき。

 

ブログでもそれは意識して変えてきたけれど、有料記事を書くとなるとまたちょっと気持ちが違うものになるから面白い。

ある意味、それはそれで負けてるとも言えそうですが、ものすごく良い勉強になったのは確か。

 

真面目な話、頭の中も実際の話し方も言葉も変わってきた実感があります。

言葉を弱くする語尾に自覚がある場合、意識して変化させてみると絶対違う。

本当にびっくりするぐらい印象が変わってきますよ。

 

思います・気がする・かもしれないを全力投入

 

ここでちょっと試しに、上記の文にこいつらを入れてみようかと。

どう印象が変化するか? けっこう笑えることになりそうです。

 

有料noteで実感したかもしれない言葉の強さと責任

 

現在、noteの方でベースの教則的かもしれない記事を公開しています。

全て有料であり、無料で公開する気は一切ない記事だと思います。

まともに実践するには年単位の時間が必要になる内容な気がします。

 

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この有料記事を書いていても本当にそう思いましたが、やっぱり、言葉が弱くなっちゃう語尾には凄く気を付けて書くようになった気がしますね。

 

そもそも自分が欲しかった情報をまとめたというのもあったかもしれません。

そこで全部曖昧にぼかして誤魔化してたら全然面白くないと思います。

ただでさえ文才もセンスもない気がするし、そこでさらに言葉も弱くして逃げていたら本気でどうにもならなくなってしまうかもしれません。

 

「責任」と言うとちょっと大袈裟で息苦しくもある気がしますが、話したいことはちゃんと話すべきって思いますし、自信も持っておくべきかもしれません。

 

ブログでもそれは意識して変えた気がしますが、有料記事を書くとなるとまたちょっと気持ちが違うものになるから面白いかもしれません。

ある意味、それはそれで負けてるかもしれませんが、ものすごく勉強になった気がするのも確かだと思います。

 

真面目な話、頭の中も実際の話し方も言葉も変わってきた実感がある気がします。

言葉を弱くする語尾に自覚があるかもしれない場合、意識して変化させてみると絶対違ってくると思いますよ。

本当にびっくりすると思うぐらい印象が変わってくるかもしれません。

 

書いてて辛くなった

 

いやもう、自分でやっててうんざりしますねこれ。

でもマジな話、ブログ開始当初ってこんなもんだったりしたから恥ずかしい。

 

徹底して言葉を弱くしたいと言うか、責任から逃れたいと言うか、「何としてでもぼかしておこう!」という強い意志すら感じたりして?

 

ほんと、人のことを気にしすぎてるからやってて全然面白くありません。

心配せんでもそんな影響力も爆発力もないし、好きに適当にやれって話。

たかがブログに何をそんなに怯えているんだと。

 

自分でもまだよく分かってない、本当の意味で曖昧なことを話すならまだしも、ちゃんと伝えたいことまで弱くしてしまうというのは良くないことだと痛感します。

 

楽しく話をしたい、ブログやりたいなら、好き勝手にいいかげんにやるのが一番ですね。

意識的に気を付けてる時点で自分もまだまだ言葉が弱い自覚がありますし、自信も確信も弱い、自由になれてないなと反省。

 

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テレビのインタビューとかでもよくある違和感

 

「~~だと思います。」

「~~だと思いました。」

 

老若男女、どんな人でもどんな場でもついつい言ってしまう傾向を感じますが、本当、これってなんなんでしょうね~?

 

「楽しかったと思います。」なんて小学生がインタビューで言ってるのもよく見かけるけど、子供が物凄く気を使って喋ってるのって冷静に考えるとかなり変ですよね。

 

プロスポーツ選手とかでも、「良かったと思います。」なんて答えてしまう場面がよくあるから興味深い。

いくら責任が伴っているとは言え、ここまで言葉を弱くしなければいけない理由ってなんなのかと強く疑問になるところ。

 

酷い人の場合には、

 

「思ったと思います。」

 

みたくわけが分からないことになってたりもするから恐ろしい。

 

いやほんと、呪いのごとく染みついてしまっているこの言葉。

 

「思う」

 

こいつからもっともっと離れていきたいですね。

 

自分の言葉を持つことが許されない、意思を持つことが嫌われる、それに嫌悪を感じて潰そうとするような世の中だったらどんどん変わってほしい。

 

言葉って強力ですから、その使い方をちょっと変えるだけでも確実に変化があるもの。

そこをほんのちょっと変えるだけでも、人への接し方、自分への向き合い方、生き方に違いが起こることが考えられます。

 

僕はそんな気がするし、そう思うかもしれません。