スパルタ教師が教えてくれた人間の在り方 スポーツと恐怖 そのくだらなさと現実

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中学バレー部の記憶 努力と根性の果てに

 

バレーボールに興味はなかった

 

いきなりあれですが、本当の話。

ルールも知らない、何が楽しいのかも分からない。

部活やるんでただテキトーに決めただけ。

これが中学でバレー部に入った理由。

 

真剣にやってる人には申し訳ないけど、本当にそれぐらい興味なかったし、何も知らなかったんですよね。

 

でもって、自分の中学は超弱小として名高かったらしく、それはそれは酷いものでした。

人も集まらない、先輩もまったくやる気がない、要するには超落ちこぼれ軍団。

 

かと言って、べつに不良なわけじゃないし、素行の悪さなんか全然ありません。

本当に情熱も目的もないという、一番タチの悪いパターンかもしれませんね。

 

他に行くのもめんどくせー。考えるのもめんどくせー。

でもとりあえず部活ぐらい入っておくかってぐらいの扱い。

 

モビルスーツの名前を叫びながらボールを蹴飛ばして遊んでたなんて記憶もあります。

ま~とにかく、競技として成立しない、させる気もない、そんな酷い部でした。

 

熱血教師あらわる

 

自分が1年として入ったと同時に顧問になった先生。

長身で高い身体能力を持ち、バレーボールに対する熱意は誰にも負けない。

情熱とやる気がひしひしと伝わってくるナイスガイ。

 

そんな何とも素敵な人物が本気を出して我々をしごいてくれることになった次第。

 

今でも強烈に覚えてるのは基礎体力づくりですね。

とにかくしんどかったし、毎日グロッキーになってたなと。

 

夏場は気温35度を軽く超えるのも当たり前。

炎天下で死ぬ思いをするのはもちろん、体育館の中も想像を絶する暑さでした。

 

そんな中、有無を言わず走りまくらされる、ハードに筋トレをさせられる、ボールを叩きつけられる、夏休みの練習は毎日朝から夜7時を過ぎるまで終わらない、帰れない、そんな生活をしていた思い出。

 

名門なら当たり前、全然ぬるいってぐらいの話かもしれませんが、なんせこっちは超弱小。

バレーボールのバの時も本気で知らないような人間ばかり。

 

付いていくだけでも大変、疲弊する毎日でしたね。

 

超弱小は超弱小 部員もどんどん減った

 

まぁ、当然のことながら、付いてこれない人間続出です。

なんと、1年から3年まで合わせて1チーム作るのがやっと。

自分達による仮試合もできないという、そんな状況。

 

そうなると必然的に練習試合に沢山行くことになるわけです。

初遠征、電車に乗って出向いたのを覚えています。

 

で、これがま~、今考えると本気で笑ってしまいますね。

 

・教えてないからルールを知らない

・サーブの仕方も分からない

・試合やったことないからどうしていいか分からない

・ボールに触れてる時間が少ないから扱い方が分からない

・シューズすら持ってない

・やる気なくてそもそも来ないやつもいる

 

ほんと、なんでしょうねこれ?

 

サーブを相手のコートに入れれば御の字レベル。

マジでそんな感じでした。

 

「相手がいてこそ試合になる」

 

そんな真理・哲学を知った瞬間かもしれません。

 

いくら鍛えても強くても無駄。

相手がいるからこそ競技になるのだという、実に深い話。

 

その意味では自分らはバレー部ではなく、お笑い集団って感じ。

試合が成立しない、あまりにも失礼すぎる、そんな部活動でした。

 

熱血激怒 スパルタも加速する

 

大袈裟ではなく、血管切れるんじゃないかってぐらい怒ってましたね先生。

 

・俺は本気なんだ!バレー命なんだ!

・こんな恥をかかせられたことはない!

・てめーら覚悟しろ!

 

ってな感じに、スパルタ具合がどんどん加速していくことに。

 

もう、毎日罵声の嵐、恐怖を刻み付けるのは当然。

中身入りの缶コーヒーで殴るわ、わざわざシューズ脱いでそれで殴るわ、椅子は投げ飛ばすわ、暴力も当たり前。

憂さ晴らしとばかりにボール思いっきり投げつけてきたり、蹴飛ばすようにもなる。

 

しまいには駄々をこねるように地団太踏んだり、幼児退行を起こすようにグズりだしたり、精神を病んでいると言うか、その気持ち悪さと異様さにドン引きした次第。

 

いやほんと、ああなると笑えませんでしたね。

 

前述の通り、やたらと試合を組んでましたが、相手側からしたらサンドバッグにすらならないのが現実。

 

「おたくとやっても意味ないから」と断る学校もあったそうな。

 

でもそりゃ正常な判断ってものだなと。

 

だって、何をすべきかなんて教えませんでしたもんねあの先生。

常にブチ切れてばっかりだったから信頼なんか存在しない。

尊敬の念なんかもまったく芽生えません。

 

・才能がないものが勝つには努力をするしかない!

・苦しい練習が本番で活きる!

・この積み重ねが自信と力になる!

 

こんなこと言うんだったらまだ良いですけど、自分が記憶してる限り、そんな言葉は一度だって一言だって聞いたことがありません。

 

「カス!ゴミ!」

「なんで出来ねーんだ!」

「甘ったれんな!」

「ふざけんな!」

「張り倒すぞ!」

 

大体、そうやって怒鳴ってるか、ブツブツ嫌味言ってキレてる感じ。

 

熱血を勘違いした情緒不安定と言うべきですかね?

恐怖でしか存在をアピールできない、生徒を引っぱれないような教師。

 

今思い出しても良いところがまったく見当たりません。

 

アホくさくなってやめる

 

これまででもだいぶキテましたが、決定的だったのが2年になった時に起きた事件。

 

県大会かなんかだったかな?

それの見学、偵察に行った時のことですね。

 

部員はジュースを買って飲んでたのを他の学校の先生に見られたらしく、それがうちの先生様に報告されるという流れ。

 

いやも~、この後のあの方のキレっぷりったらなかったです。

 

顔も目も真っ赤にしながら超絶キレるなんてもんじゃありません。

言葉にならない、人生に絶望、怒りのゲージを超えて殺意にまで発展してるんじゃないかっていう、そんなレベル。

 

まぁ、さすがに教師ですから、そこで怒りに任せて暴力を振るったら取り返しのつかないことになると分かってたのか、逆にもう殴りもしてきませんでした。

 

でもほんと、あの発狂レベルのキレっぷりはなかなかお目にかかれないでしょう。

 

で、しょせんは勘違い熱血野郎なんだか、体育会系ということか、マジで漫画・ドラマみたいなことを言い出して笑ってしまう流れに。

 

「俺はお前らを許さん!」

「この償いは勝つことだ!」

「県大会に出ることだ!」

 

こんな感じの台詞が出てきて、わたくしめは部活をやめることを決意した次第。

 

「たかがジュースでこれ?」

「教師って頭イってんのか?」

「台詞用意してたの?」

「アホくさ、勝手にやってな」

「こんなん意味ねーわ」

 

彼の熱血っぷりは伝わらず、逆に超絶冷めることに。

 

大人ってのはこんな醜い生き物なのか、狭い狭い価値観しか持てない生き物なのかと、失望を超えて絶望を感じてしまった中学2年の自分でしたとさ。

 

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バレー部とせんせーが教えてくれたもの

 

無駄な努力はいくらやっても無駄

 

いや~、正直申しまして、爆笑しながら書いてました今回。

 

だってどう考えたって、

 

『上手くなれるわけがない』

『楽しくなるわけがない』

 

この答えに行き着きますもん。

 

身長も170cmあるやつなんかほとんどいなかったし、それどころか、160cmあるかも怪しいやつがいたのが我がバレー部。

 

・攻撃することがほとんどできない

・相手のコートに入れることすら難しい

・ブロックもできないから守るのも厳しい

 

そもそもが根本的に厳しいですよね。

 

ひたすら地道になんとか守って相手のミスを誘うしかないという、そんな現実。

 

・そんなもんの何が面白いの?

・ルールも教えず罵声だけ飛ばす意味は?

・キレて怯えさせてどう楽しく熱中しろって?

・でかい奴にはこっちの現実分かんないの?

・ ってかバレーボールの魅力って何なの?

 

最低な指導者であるという反面教師的な意味で勉強になったなと。

 

素手の勝負しか許されない現実は過酷・地獄

 

ま~、こう言っちゃあれですが、スポーツの魅力がなんだとかそんなもん、圧倒的な現実の前では役に立たないってのがよく分かりましたね。

 

本気で勝負をしようと思うんだったら体格が良いのはもちろん、化け物みたいな身体能力を持って生まれるしかない。

それか、本当に素晴らしい指導者に徹底的に教えてもらったり、命がけで高めてどうにかして生き残る術を身に付けるしかない。

 

それができないんだったら、さっさと諦めた方がいいんだなってのも学習した次第。

 

大型の獣を相手に素手でしか挑むことができない。

武器も防具もなくひたすら殴られ我慢して疲れるのを待つ。

これの何が楽しいのか、競技なのかと、本気で疑問になります。

 

・どうやったら勝てるのか?

・何をしたら成長できるのか?

・一歩一歩の積み重ねをどうすべきか?

 

そんなことは微塵も教えてくれませんでしたし、何が楽しいのか魅力なのか、それも教えなかったし、むしろ嫌いになるようなことしかやってくれなかったなと。

 

才能ないとかそういうこと言うの嫌いだけど、体のサイズがものを言う競技の見極め、身体能力の違いがまず求められるという、そんな世界で勝負するのは無理だと悟るのは早い方がいいですね。

 

不幸にも入門してしまい、何も持ってない人間が絶対権力者に攻撃され続けるとか、恐怖に怯えながら仕方なく生きていくしかないとか、そんなもん、進むだけ地獄にしかならないからさっさと決別すべき。

 

一生の傷を負うことにもなりかねません。

 

自分は人間で良かったし助かった

 

なんと言いますか、大人を信用しない、反抗的で言うことを聞かないという、そんな人間だったから自分は助かったんだなと強く感じますね。

 

たぶん、そこで従うしかない人、怖くて逆らえない人、考えることも放棄してしまう人って沢山いると思うんですよ。

 

そこを行くと自分なんかは年上だろうがなんだろうがクソなもんはクソ、意味ねー事なんかやってられねぇって思考に至る人間な為、やめるのも楽であっさりです。

 

「奴隷を見世物にする」

 

この構図には陥らないから助かります。

 

不謹慎なような、反感をもらうような発言になりそうですが、スポーツってそういう面が凄くありますよね。

 

・恐怖で従わせ自由を奪う

・意思を放棄し他者の為に己を存在させる

・上官への反逆は死罪に値する

 

こういうのがいまだに残ってるのかと思うと、馬鹿馬鹿しすぎて泣けてしまいます。

 

あの教師とかもやったら恥を気にしてそうだったし、まずやったことって生徒の奴隷化とか家畜化って感じだし、何なんでしょうねこれ?

 

いくら鍛えてようが体がでかかろうが、心は強くならない。

精神が成長しているんじゃなくて実は鈍化してるだけ、麻痺してるだけ、不安や怒りを増大してるだけという、こういう現実が不思議で仕方ありません。

 

遊びや楽しさを失うと人間はどんどん余裕がなくなる、思考もなくなり狂っていってしまう。

健全な存在であるはずのスポーツというものが、人間をどんどん闇に引きずりこんでいく。

 

不安と絶望をまとわせ弱く脆くしていくこの矛盾。

 

その為か、栄光を得た後、ボロボロに転落していく人も珍しくないですよね。

人間的に強くなるどころか、不安定極まりない手負いの獣みたいになってしまうその姿も悲しいものです。

 

「嫌なものは嫌」

「痛いものは痛い」

「苦しいものは苦しい」

 

この人間らしさ、動物としての正しさ。

自分は絶対大切にしていきたい次第。

 

『逃げたきゃ逃げる』

 

逃げられるんだったらそうしましょう。

 

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教えないという美徳美学への疑問と嫌悪

 

子供の頃からずっと本気で疑問だったのがこれ。

 

「実戦主義!」

 

こう言えば聞こえはいいですが、何も教えず戦場に突っ込ませ戦死させるとか、それの何が美しいのか正しいのか、自分にはまったく理解できません。

 

才能の見極め、ふるいにかけて落とすという、それが効率いい手段であると見ることもできるのかもしれないけど、それが原因で潰された人って高い確率で恨みを持ったり、その物事に対して興味を失ってしまうでしょう。

 

実際、自分はバレーボールにまったく興味ありません。

いまだにルールもぜんぜん知らないし、楽しめる競技だとも思ってません。

 

百歩譲って、危険な接触のあるスポーツや格闘技ならまだしも、バレーボールに暴力性とか恐怖ってどう必要なんでしょう?

スパルタで暴力を振るうのが当たり前とか、まずは奴隷になるように苦痛を与えるものだとか、まったく意味が分からない。

 

強いリーダーシップを指導者がいるからこそ人が付いていく、高い目標を達成できるというのは分かります。

 

自分達が才能の欠片もない、どうしようもないゴミ集団だったのも認めましょう。

 

でもそれにしたってねぇ?

 

教えてもらったのって、

 

・大人は面子ばかり気にするつまんない存在

・教師は世間知らずで頭がイッてる

・スポーツとか人間の奴隷化みたいなもん

 

こんなことばっかりですもんね。

 

・楽しいなんてことは微塵も教えない

・どんな魅力があるかなんて1mmも伝えられない

・弱者と子供はなぶられ利用されるだけ

 

まぁ、これも一種の社会勉強っちゃそうですが、正直、超つまんねー退屈な世界だと思います。

 

自分が無条件に尊敬される対象であるとか、黙ってても付いてきてくれるとか、どんだけ自惚れてんだよって話。

 

・職人気取り

・達人気取り

・名指導者気取り

 

本当にうざいなと。

 

ガキはガキなりに学習する

 

バレーボールのことを何も教えてくれなかった先生。

代わりに沢山の暴力と罵声、恐怖を与えてくれました。

 

おかげで自分は逆らうこと、逃げることを学習できたし、ルールすらよく分かんないスポーツなんかよりよっぽど素晴らしいものを得られたと、自らを誇りにしたい。

 

『俺は人間だわ

 

これが分かっただけでも御の字。

 

それすら見失ってしまう、なんだか分からなくなってしまう人達が沢山いる中、考える力、遊ぶもの、楽しむ心がある自分は幸せだなと。

 

本当、世の中がもっと自由に楽しく生きられるようになってほしいですね。

狂った古い習慣や価値観なんかどんどん淘汰されていくべき。

 

反面教師であることにしか存在意義がない教師とか子供がかわいそうなので、教育水準、人間力もどんどん上がっていけばと思います。

 

もっと良い世の中になりますように。